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京都地方裁判所 昭和30年(行)17号 判決 1957年4月10日

原告 福井重保

被告 中京税務署長

訴訟代理人 朝山崇 外四名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対する昭和二七年度所得税につき、昭和二八年六月一〇日付でした所得金額二、〇七一、一〇〇円、所得税額八四八、〇五〇円とする決定処分中、所得金額一、三七三、三三七円、所得税額四九九、一五〇円を超える部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、原因は肩書地において医療器機の販売業を営むもので、昭和二七年度所得税予定申告において所得額金五三〇、〇〇〇円の申告をしたが、同年度所得税確定申告時においては、前年度の所得税も大阪国税局において係争中で未確定であつたので、被告の部下の川口事務官に対し昭和二七年度の売上及び仕入の明細書を提出するとともに、昭和二六年度分の決定確定まで同二七年度分の決定処分を猶予されるよう希望したところ、同事務官より昭和二六年度の確定決定に基いて同二七年度の確定申告を提出せよとのことであつたので、原告はこれに安んじて昭和二六年度の大阪国税局長の最終的決定を待つていた。(昭和二六年度所得税の決定は昭和二八年一二月に確定した。)然るに被告は昭和二八年九月二四日突然昭和二七年度所得税を滞納しているとして差押処分に出たので、原告はこれに驚き被告の部下たる徴収係員に問い質したところ、直に被告の官署に電話を以て問合せたところ、右日付で前記の如き所得金額及び所得税額の昭和二七年度決定処分がなされたということを了知したのであるが、その間決定の通知をうけたことも調査をうけたこともなかつた。そこで原告は右決定処分を了知した日の翌日である九月二五日被告に対し、右決定処分の通知に関しての調査を求めるとともに、決定処分に対する再調査の請求をしたのであるが、該請求は違法にも期間徒過の故を以て昭和三〇年二月二日付で却下され、これに対し同年二月七日付翌八日到達の書面を以てした大阪国税局長に対する審査の請求も、同年六月一五日付を以て棄却された。然しながら原告は被告の決定処分に不服であり、原告の昭和二七年度の真実の所得金額は一、三七三、三三七円、所得税額は四九九、一五〇円であるから、被告の右決定処分中右金額を超える部分の取消を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告の本案前の答弁に対し、原告は昭和二八年六月一一、二日頃昭和二七年度所得税決定通知書を受領したことはなく、前記の如く同年九月二四日口頭をもつてはじめて了知したものであり、これに対する再調査請求は昭和二九年一二月一日ではなく、それより以前通知をうけたことに準ずる右口頭了知の日の翌日たる昭和二八年九月二五日被告に対してしているから、再調査請求期間の徒過はない。仮に再審査請求期間の徒過ありとしても、大阪国税局長は昭和三〇年六月一五日の審査請求に対する決定において、却下ではなく棄却の決定をしているから期間徒過は宥恕されており、訴訟においてこれを問題とすることは出来ないものである。叉昭和二八年六月一〇日に昭和二七年度所得税の決定通知書が発送されたものとしても、原告の住所は二条麩屋町であるところ、三条麩屋町にも同姓の福井という家があり、僅か二と三のみの相違であつたため屡々郵便物の誤配達があるから、原告方に到達したものと推定することはできないと述べ、

被告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、本案前の答弁として被告は原告に対する昭和二七年度所得税につき、原告主張の如き所得額及び所得額の決定を昭和二八年六月一〇日になし、該決定の通知書を同日普通郵便を以て発送し、該通知書は翌一一日頃原告に到達したものであるが、これに不服ある場合は通知をうけた日から一月内に再調査の請求をすることを要するにかゝわらず原告は右期間を徒過し昭和二九年一二月一日漸く再調査請求をしたにすぎないので、原告主張の如く再調査請求を却下され、更にその主張の如くされた審査請求もその主張の如く棄却されたものであるから、本訴は訴願前置の要件を具備しない不適法な訴である。三条数屋町の福井方に屡々原告宛の郵便物が誤配達されることは不知であり、原告が昭和二十八年九月二五日再調査請求をしたとしも請求期間を徒過していることに変りはないから、依然として不適法な訴である。次に大阪国税局長のした審査棄却裁決については、審査の対象は再調査の決定(いわゆる本調査)と原処分(いわゆる副調査)であり、本件の場合本審査の決定は「再調査請求の期間を待過したものとして再調査の請求を却下した再調査の決定は正当であり、これを争つた原告の審査請求には理由がないとして棄却」したものであり、又副審査については所得税法第四九条第七項によつて棄却されたものとみなされるのであるから、審査決定の「棄却」という処分は課税関係の実質について審査してしたものではなく、再調査の却下決定を支持したものであるから、国税局長が請求期間の徒過を宥恕したものではない。次に仮に原告主張の如く決定通知書が到達していないものとすれば、決定処分は不存在であり、不存在の処分の取消を求めることは権利保護の利益がないから棄却さるべきものであると述べ、

本案につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告の職業及び昭和二七年度分所得税確定申告時において、原告の昭和二六年度分所得税の決定が大阪国税局において係争中で未確定であり、原告主張の日漸く確定したこと、昭和二八年六月一〇日原告主張の如き昭和二七年度所得額及び所得税額の決定をし、原告主張の日その主張の如く滞納に対する差押を行わんとしたことを認めるが、原告の昭和二七年度の所得額及び所得税額がその主張の如くなるべきことは争い、その余の事実は不知と述べた。

立証<省略>

理由

先ず本訴の適否について按ずるに、被告が原告に対する昭和二七年度所得税につき、昭和二八年六月一〇日原告主張の如き所得金額及び所得税額の決定処分をしたことは当事者間に争がない。

(一)  そこで右決定の通知書が被告より原告宛に発送されたかについて考える。成立に争ない乙第一号証の一乃至三、第二号証、方式及び趣旨により真正に成立した公文書と認める乙第一号証の四乃至一三、第三者の作成にかゝり真正に成立したものと認める乙第四乃至第一一号証、証人大槻喜睦、同田端哲、同田崎正郎、同中佐藤政道、同福井重信の各証言を総合すれば、昭和二八年当時の被告の税務署における所得税の決定及び通知関にする手続は、所得税課において決定通知書及び決定決議書徴収課連絡用控(以下単にそれぞれ決議書、通知書、連絡用控と略記する。)の三通複写の書面に作成して発議し、これに基き署長において決定し、決定されると通知書及び連絡用控を一組とし、同時決定分は一括して徴収課管理二係に廻付し、同係においては通数、税額、合計等に間違いのないことを確認してうけとり、一人別徴収簿に所要事項を記載し、ついで納税告知書と封筒に学区別ゴム印の押捺ある納税義務者の任所氏名を書き、これらの枚数金額を確めて原議省略簿に合計を登載し、徴収課長の確認をうけた上総務課総務係長に廻付し、同係長は原議省略簿の姓名を検討し、文書の枚数を調べ、通知書と告知書に署長印を押捺し、更に枚数を確めて原議省略簿の署長印欄に日付のある官印を押捺し、この原議省略簿に基いて分書発送件名簿に記載し、他方通知書及び告知書を封筒内に封入し、同時処理分を一束になし、然る後原則として同日分は一括して郵便物差出票を作成し、文書発送件名簿の通数と郵便物差出票の通数及び実在封書等の通数の一致を確認した上普通郵便物として郵便局に差出していたところ、原告に対しては確定申告がされていないので、昭和二八年四月三〇日発議され、同年六月一〇日前記の如く決定され、昭和二七年第三次更正決定決議四一二件中一件として右述の如き所定の手続を経、原告の学区住所氏名の記載された封筒内に決定通知書と昭和二八年七月一〇日限を納期とする納税告知書が入れられ、昭和二八年度原議省略簿の起案、決議及び発送いずれも昭和二八年六月一〇日の日彰学区榊公夫以下三七五件、又は立誠学区中西実雄以下三七件のいずれかに含まれる一件として、文書発送件名簿、郵便物差出票による確認を経、発信控には原告氏名も記載されて普通郵便物として同日右四一二件の一通として中京郵便局に差出され、同局において異議なく受領せられていること、即ち昭和二八年六月一〇日発送されたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

(二)  そこで原告に対する右決定通知書が到達したかについて考えるに、普通郵便による場合においても、昭和二八年六月当時京都市内においては、郵便物の発送の事実が証明される以上、特段の事情のない限り、郵便物は通常の送付に要する期間の経過時即ち差出の一、二日後に宛先人に到達しているものと推定するのが相当であるところ、前掲各証拠に成立に争ない乙第一二号証の一乃至三、第一五、一六号証、方式及び趣旨により真正に成立した公文書と認められる乙第一三号証の一、二、第一四号証、証人福井義次郎の証言並に口頭弁論の全趣旨を参酌考慮すれば、三条麩屋町に福井義次郎という人物は存在するが同人方と原告方間において郵便物の誤配達があつたことは従前約三〇年間に数回程度であり、誤配達物も社会通念上重要な書類と思われるものは誤配をうけたものより直接正当な受取人方に届ける間柄であり、昭和二八年当時においては誤配達の認めらるべきものがない事実、同人と原告万は学区を異にしており、又昭和二八年当時は担当郵便集配人はそれぞれ別異であり、原告方附近においては誤配達の虞れのある人物の存在なく、前記認定の同時決定の他の決定通知書中異常なく到達し不服あるものからは適式な再調査請求がなされ又原告に対する決定通知書が交付不能のものとして返戻されていなく、原告方に受信簿の備付もない事実並に昭和二七年度所得税の督促状については昭和二八年七月一七、八日頃原告方に配達され、原告が昭和二七年度の督促状であることを知りながら昭和二八年九月二四日の差押まで放置し、同日差押されんとするや昭和二七年度所得税の決定に関して始めて知つた如く申立てている事実を各認定しうべく以上の諸点を総合すれば、本件昭和二八年六月一一、二日頃原告の支配下に到達しているものと推定するのが相当であり、右認定に反する証人福井重信の証言、原告本人尋問の結果はにわかに措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

(三)  右認定の通りとすると原告は昭和二八年六月一一日、又は一二日頃から一ヶ月内に再調査請求をなすべきものであるから、原告がその主張通りの書面(甲第二号証控の原本)をその主張の日(昭和二八年九月二五日)に被告の部下なる訴外中佐藤事務官に対し提出したことにより再調査の請求をしたものだと仮定して考えても、右再調査請求は法定期間を経過したものであるというの外はない。而して昭和三〇年二月二日原告に対し昭和二七年度所得税決定処分に関する再調査請求の却下処分がなされ、これに対する審査請求は同年六月一五日棄却せられた事実は当事事間争のないところ、被告は右再調査請求却下処分は原告の昭和二九年一二月一日附再調査請求に対するものとしているが、右原告主張の昭和二八年九月二五日附の再審査歎願書と題する書面による請求も、被告主張の昭和二九年一二月一日附の再調査請求も、共に昭和二七年度所得税決定処分なる同一の客体に対する一個の請求として係属するものであるから、被告の再調査却下決定は形式的には後の再調査請求を却下する決定となつていてもなお原告主張の昭和二八年九月二五日附請求を却下する趣旨を包含し、従て審査請求棄却決定も亦同様の効力を有するものと解するのが相当である。然らば原告が再調査請求をなすべき期間を懈怠したことにつき宥恕すべき格段の事情も認められない本件で、この法定期間経過後の再調査請求が却下され、次で審査請求が棄却されたのはいずれも正当であるといわねばならない。

(四)  原告は大阪国税局長の審査棄却決定は期間徒過を宥恕し、実質審査を行つた上での棄却であるから出訴期間を徒過したものでないと主張するけれども、成立に争ない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、再審査却下決定に対する審査は、決定通知書発送の事実、配達状況等を調査勘案してみると原告に期間徒過があつて原告の不服に理由なく、被告の却下決定は相当であるとして棄却しており、原告得税決定処分に対する審査は、所得税法第四九条第七項に基き棄却されたものとみなす取扱をしているにすぎないことが認められ、他に全証拠によるも大阪国税局長が期間徒過を宥恕し実質審査をしたことについて認めるに足るものがないから右原告の主張は失当である。

(五)  そして行政事件訴訟特例法の要求するいわゆる訴願前置とは行政庁に実質的な再審査をして反省する機会を与えるということであり、実質的に反省する機会を与えないような不適法な訴願(例えば宥恕すべき事由がないのに訴願期間を徒過した後に為され従つて却下された訴願)をしても、それは同法第二条の訴願前置の要件を充足するものではなく、(最高裁昭和三〇、一、二八第二小法廷判決参照)従つて結局原告の本訴は同法同条に反する違法なものであつて、この欠陥は補正することを得ないものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 宅間達彦 坪倉一郎 吉田治正)

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